A子には合格したことを伝えたら「おめでとう!今度お祝いしないとね!」と返事が来た。そして春に万年筆と手紙が送られてきた。手紙はなぜか白紙だった。

263名前:名無しさん@おーぷん2016/08/17(水)21:31:51ID:HzT
大学の時は同じ音楽を勉強する者として励みあった友人A。彼女は両親、兄1兄2姉1姉2全員教師。なんなら、祖父母、叔父叔母従兄弟も教師という先生家庭。もちろん彼女も教師を目指していた。

一方私は、教師の資格とれるラッキー!教師も将来の選択の1つにしよう!ってノリ。だが、教員免許を取るために必死になって勉強をしたし、音楽の方も疎かにしたくないのでそっちの方も必死に練習した。

A子はいつかは管理職にもなりたい。なる為には院に行くべきと、国立の音楽の教育科のある院へ猛勉強してストレートに院へ進んだ。私は教育実習でトラウマになる出来事があり教師の道はやめ、もともと興味のあった語学の勉強の為留学。

留学先で障がいを持つ子供達の音楽演奏に心を打たれ、教育実習で行った中学の教頭が、支援学級の生徒を見てほしいと懇願され帰国(もともと短い留学だった)し、トラウマに負けてられないと思い支援学級で非常勤講師を始めた。

その時、A子には非常勤講師始めたよ!とメールで伝えたが、忙しいのか返事はなかった。

続きます


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264名前:名無しさん@おーぷん2016/08/17(水)21:46:58ID:HzT
>>263 の続き

非常勤講師を1年半ほど続けている間に支援学校の音楽について勉強し、特別支援の資格についても調べているうちに教員採用試験の時期が来た。必死な勉強と、周りの先生の手助けもあり見事合格した。

A子には合格したことを伝えたら「おめでとう!今度お祝いしないとね!」と返事が来た。そして春に万年筆と手紙が送られてきた。手紙はなぜか白紙だった。

教師1年目、支援学校勤務にたまたまできることになり、また支援学級との違いに衝撃を受けながらも必死に頑張っていた。やめたくなる日もあったが周りに恵まれて励まされながら1年が過ぎた。

共通の知り合いからA子は試験に落ちたと聞いた。

A子を励ましたかったが何を言っていいかわからず悶々としていると、A子のSNSに

私が落ちたのは 私子のせい。

あいつが私より先に受かったせい

私子は先生になる気なかったくせに

×××(支援学校に通う子供のことを表す単語)が楽しいとかおかしい。

音楽を教えたくなかったのか、頭おかしい、あいつに先生になる資格なんてない

と書かれていた。私のことだろうと読んですぐに気づいた。

私のことを悪く言われたことより生徒のことを悪く言われたことに悲しくて泣いた。

A子の連絡先は全て消して、着信拒否にした。あれから5年。A子は未だに採用試験には落ちているらしい。講師の仕事を受けては自分の教育に合わないという理由でやめることを続け今は声がかからないとも聞いた。

万年筆が片付けていると出てきたので思い出しカキコ

265名前:名無しさん@おーぷん2016/08/18(木)10:56:50ID:Vc5
白紙の手紙が不気味だわ

未だに落ちてるのは明らかに病んでるからなんじゃなかろうか

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コメント

  1. 匿名 より:

    あぶり出しで恨み言書いてあったりして